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2005年9月28日、地元の四国新聞紙上にて受賞の告知がされる。同時期、まんのう町も出していたので2町並べての広報となり、合併時代の1つの象徴であった。応募数など比較されるのも仕方ないが、他町のマークとの比較もあり、いつもながら緊張感を伴う。観音寺市に続いて2つめとなったが、もっと時間とスタッフを投入していたらさらに受賞が増えたかもしれない。
12月26日に受賞式をして頂き、あらためて新しい町の門出にかかわれた喜びや責任も感じた次第である。
地方分権=江戸時代の藩政かも知れない。地方に文化が栄えたように、我々も担い手として頑張りたいと思う。
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